31.川崎病はいつ頃日本に出現したか ―文献検索による調査・研究―
日本赤十字社医療センター小児科 麻生誠二郎,今田 義夫,土屋 恵司,薗部 友良
目的:わが国における川崎病の出現時期を特定することを目的とした。特定された時期の環境変化を分析することにより川崎病の発症に関連する因子を見つけだせる可能性がある。
方法:小児科関連の雑誌を検索し川崎病と診断し得る症例を抽出した。診断基準を満たすものの他の疾患の診断が明らかである症例は除外した。資料とした雑誌は、日本小児科学会雑誌(昭和1年〜40年)、小児科診療(昭和24年〜40年)、小児科臨床(昭和24年〜40年)。
成績:(1) 昭和1年から40年の小児科関連雑誌中、川崎病の主要症状の5項目以上を満たし、かつ全体像より川崎病と診断し得る症例は4症例あった。(2) 最も古い報告は昭和28年にフェール氏病として報告された症例であった。以後昭和29年に2例、37年に1例の報告があった。
結語:小児科関連雑誌の検索では川崎病と診断し得る症例が昭和20年代後半より報告されていた。
32.小児慢性特定疾患認定情報を用いた川崎病全国調査の精度分析
栃木県保健環境センター 渡辺 晃紀
自治医科大学公衆衛生学 中村 好一
埼玉県立大学 柳川  洋
 川崎病全国調査での患者の把握率を推計することを目的として、栃木県内の1998年3〜12月発症の患者について、第15回川崎病全国調査と小児慢性特定疾患治療研究事業の情報を照合した。対象期間内に117人の発症が把握され、その内訳としては、両方で把握が83人(71%)、全国調査のみで把握が12人(10%)、小児慢性事業のみで把握が22人(19%) であった。これにより全国調査での患者の把握率は81%(95/117)と推計された。全国調査で把握できない患者としては、診療所など全国調査対象以外の医療機関の受診や調査に非協力の医療機関の受診などの理由が考えられ、小児慢性事業で把握できない患者としては、「川崎病による入院」という認定基準を満たさないことや保護者の意志により申請しないことなどの理由が考えられた。
33.さらに増加し続ける川崎病 −第16回川崎病全国調査成績から−
自治医科学大公衆衛生学 屋代 真弓,中村 好一
埼玉県立大学 柳川  洋
日大医学部小児科 原田 研介
日本川崎病研究センター 川崎 富作
 川崎病研究班は小児科を標榜する全国の病院(2,619カ所)を1999年、2000年に受診した川崎病初診患者を対象に第16回全国調査を実施した。2001年6月末現在の回収率は66%、患者報告数は14,591人である。患者数は1999年6,684人、2000年7,907人であり、0-4歳人口10万対罹患率の増加傾向は著しく、1999年113.5、2000年134.2であった。男女比は1.37で3歳未満が70%を占めていた。診断は定型例82%、不定型例4%、容疑例14%であった。同胞例は1%、再発例は3%、心障害(急性期)は18%、心障害(後遺症)は6%にみられた。死亡例は7人(男6人、女1人)で0.05%を占めていた。新たに両親の川崎病既往を調べた結果、0.2%にみられた。γグロブリンの使用頻度は86%であった。全国規模の大流行はみられないが、罹患率は着実に増加し続けている。小地域単位の詳細な疫学解析が必要である。
(研究会では、最終集計結果を発表する予定)
34.川崎病患者追跡調査結果
厚生労働省川崎病研究班 中村 好一,柳川  洋,原田 研介,加藤 裕久,川崎 富作
 第8回〜第12回川崎病全国調査で52医療機関から報告された全患者(初診日:1982年7月〜1992年12月)から,・初発例(除再発例),・確実例(除容疑例),・初診日が第14病日以内,・日本国籍(除外国籍),の4条件すべてを満たす6576人を初診日より追跡している.今回は1999年末までの状況を住民票,戸籍で2000年に確認した.平均観察期間は12.6年で,死亡者は27人となった.人口動態統計をもとにした標準化死亡比(SMR)を用いた全国の死亡との比較では,初診後2月以内の急性期には死亡率が高かった(SMR=8.22)が,これ以降ではSMRは上昇していなかった(SMR=0.92).しかし急性期以降の観察を心後遺症の有無別に行うと,心後遺症がある男6人が死亡(女はなし)しており,このグループの期待死亡数は男女計で3.5,男のみでは2.5であり,SMRはそれぞれ1.72,2.35であった.今後ともこのグループの追跡の必要性が示された.