超巨大冠動脈瘤合併症例に対する、
急性期および慢性期の生活管理と薬物治療
| 東京医科歯科大学医学部附属病院発達病態小児科学講座 西口康介 石井卓 東賢良 細川奨 佐々木章人 脇本博子 土井庄三郎 |
| 発症後2年を経過した両側超巨大冠動脈瘤を合併した、重症川崎病症例を報告し、急性期および慢性期における生活管理と薬物治療について文献的考察を加えたい。 症例は3歳8ヶ月発症の男児で、第3病日には主要6症状を認め、前医に入院した。同日よりアスピリン30mg/kg/日の内服開始、第4病日にIVIG2g/kgを施行された。解熱せず第6病日にIVIG2g/kgの追加およびPSL2mg/kgの投与を開始され、一旦解熱したためPSLは直ちに中止となった。第6病日にすでに拡張し始めていた両側冠動脈は、第8病日には巨大冠動脈瘤となり、翌日当院へ転院となった。当院入院時には全ての症状が持続し、CRP20.8mg/dlと依然強い炎症反応を示していた。入院後アスピリンを50mg/kg/日へ増量し、パナルジン、ウリナスタチン、ヘパリン投与を開始し、IVIG2g/kgを追加投与した。その後第11病日に解熱し、炎症反応はゆっくり改善していったが、両側冠動脈瘤径は日に1mmずつ増大し、最大14-15mmまで達した。特に右冠動脈瘤壁は薄く、瘤破裂予防を目的に鎮静剤や血圧降下剤(ACE阻害剤)を使用し、血漿浸透圧上昇をきたしうるアルブミン補充を控えた。抗血小板剤および抗凝固剤の継続内服とし第76病日に退院した。 ワーファリンコントロールはPT-INR1.5を目標とし、日常生活での運動制限は一切行っていない。右冠動脈は完全閉塞後再疎通し、左回旋枝からの側副血行により無症状で経過している。左冠動脈前下行枝は全体的に退縮傾向を認め、明らかな狭窄所見はなく、左回旋枝からの血流は左室心尖部をも潅流している。現在までに施行した発症後3か月、1年、2年での選択的冠動脈造影、その他のMRCA、核医学や運動負荷心電図の経過を参考にして、より理想的な治療戦略について皆様の御意見を伺いたい。
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抗凝固療法中の川崎病後巨大冠状動脈瘤例での妊娠出産の経験
| 総合病院鹿児島生協病院 西畠信 |
【目的】ワーファリン管理を要する川崎病後の巨大冠状動脈瘤例での妊娠出産は川崎病罹患児が今後成人する上で重要な問題の一つである。症例報告とともに今後の課題を考える。
【症例】14歳の年長で川崎病に罹患し、CALを形成した26歳女性。LADの巨大冠状動脈瘤(内腔径9mm)は壁在器質化血栓があり、S6末梢の狭窄に対して18歳時に久留米大学小児科で径4mmのstentを留置されたが、以後もアスピリンとワーファリンによる抗凝固療法を継続していた。24歳で強い挙児希望で相談され、CAG、心筋シンチ等で心収縮と冠状動脈の状態を評価し、妊娠前からワーファリンをヘパリン皮下注(1日2回)に変更して妊娠成立した。妊娠確認後は凝固系の亢進を予測してより厳密な抗凝固療法とするためにaPTTをトラフ値でcontrolの2倍、ピーク値は3倍を目標として1日3回の皮下注射とした。へパリンの量は妊娠経過に伴って妊娠前の35%増まで増量し、妊娠31週以降はヘパリンの持続点滴を行って継続妊娠36週で予定帝王切開した。妊娠末期(33週以降)に左室収縮率の軽度低下を認めたが出産後は速やかに改善した。
【考察】抗凝固療法中の妊娠患者管理ガイドライン(AHA/ACC、日本循環器学会)の1選択肢に従って妊娠前から妊娠初期はヘパリン、妊娠中期はワーファリン内服、妊娠末期にヘパリンの点滴靜注で管理する予定であった。しかし、妊娠13週から絨毛膜下血腫が出現・消長して入院安静を余儀なくされ、早産のリスクもあったため妊娠中期のワーファリンへの再変更は行わずに全経過をヘパリンで管理した。入院が長期化し精神的不安定が続いたため、そのサポートと妊娠経過に伴う凝固系の亢進に対する抗凝固療法の維持に苦慮した。
ワーファリンによる催奇形性の実態、母体と胎児双方の出血性の合併症の危険等も報告は少ないため、今後の同様症例の蓄積が待たれる。
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川崎病既往学童児に対する運動指導の実践
〜冠動脈瘤を有する一小児例で行った指導とその効果〜
浜松医科大学附属病院リハビリテーション科 伊藤倫之
京都府立医科大学大学院医学研究科発達循環病態学 二星あゆみ 小澤誠一郎 濱岡建城 |
我々は「小児スポーツ外来(スポーツ・メディカルチェック)」を開設し、術前・術後を含めた循環器疾患を有する小児のQOL増進と健康管理を目的に、実践的な模擬運動を行うことで安全で適切な運動内容の指導を行ってきた。今回、回復期から2年にわたり経時的に運動指導と体力変化の観察を行いえた冠動脈瘤合併の川崎病既往児例を経験したので、その経過を紹介するとともに、運動指導の内容と意義について若干の考察を加えて報告する。
患児は12歳の男児で、急性期から巨大冠動脈瘤を合併していた。抗凝固療法を行いつつ、学校生活へ復帰したが、積極的な体育活動への参加を希望してスポーツ外来を受診した。冠動脈造影検査上で動脈瘤およびsegment
7に50%狭窄が見られ、造影剤のwash outは不良であった。スポーツ外来では、先ず、運動負荷は%予備心拍数(%HRR)60%前後を目標に行い、安全な範囲の運動負荷を心拍数で決定した。初診時60%HRRの心拍数154/分まで心筋虚血性変化等なく運動を行うことが確認された。155/分を目安とし、体育で実際に行っている縄跳びの回数設定を行い、体育参加を許可した。その後も安全が確認された範囲で体育参加し、約1年半経過観察した。その結果、初診時時速6.5kmで154/分だった心拍数が半年後で132/分、1年後には129/分と次第に低下し、持久力向上が見られた。
今回の経時的な運動負荷試験で安全な心拍数を判定でき、体育参加を客観的に心拍数の自己判定の上で行うことが可能となり、さらに持久力の向上が見られ、指導は有用であったと考えられる。しかし、実際参加する体育の種目、スポーツをさらに広げていくには、種目毎の心拍数が未だ不明であり、また、競技レベルの影響や団体競技ではポジションの影響も考慮する必要がある。今後、運動制限を受けている川崎病既往患児のスポーツ参加を勧めるため、より安全で客観的な指導法の検討を行っていく必要があると考えられる。
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